RAMEN DIARY

Ramen Crazyとは?

Ramen Crazy

その存在に気がついたとき、我々は感動を覚えた。

こんな生き方があるのかと驚いた。

ラーメンに人生を捧げるという生き方である。

映画に人生を捧げる人がいるのは分かる。野球もサッカーも分かる。漫画も音楽も分かる。しかし、ラーメンに人生を捧げるとはどういうことなんだ。

今にして思えば、我々は想像できないでいたのだった。ラーメンというものに、人生を捧げられるほどの「空間」があるということを。

だが、その「空間」は実在した。

間違いなくそこに自分を捧げている人たちがいた。

一杯の麺を少し変えるために、何度も試作する。ほかの人が満足して帰ったあとも、一人で厨房に残ってまだ何かを考えている。

食べる側も食べる側で、気になる一杯のために休日の行き先を決め、食べ終わったあとも考え続け、また食べに行く。

一杯は食べ終わる。ところが、その人の中では終わらない。

商才などまったくない我々でも計算できるほど「儲けがないこと」ばかりやっている人々。好きだから、という理由ではまったく説明できないことばかりやる人々。

我々は、その意味不明さに感動したのだった。

そして、彼らを「Ramen Crazy」と呼ぶことにした。

作る人も、食べる人も入る。いずれ人間以外で、ラーメンにどうしようもなく入れ込むものが現れたら、そのときはそいつも入れようと思う。

我々の活動は彼らに会いに行くことだ。厨房を撮る。話を聞く。食べた一杯のことを日記に書く。書いているうちに、小説まで書き始めた。我々はその「空間」を言語化しようとしている。

彼らの目的は、今でも全部は分からない。聞いても分からないし、食べてもよく分からない。正直、本人の口から出る説明には、あまり興味がなくなってきた。だから自分たちで掴むことにしたのだ。

映画も、漫画も、野球もそうだった。

音楽もみんなそうだったのだ。

意味不明だった。

そして誰かにとって、今も意味不明なものだ。

しかしその空間を言語化し、具体化した人々がいる。

メディアだ。我々は活動を続けていくうちに、そういう先人たちの足跡を見つけた。

このサイトは、そういう先人たちの物真似であり、

我々の活動の本当のスタートラインなのである。