RAMEN DIARY

ラーメンフェスの文脈

Ramen Crazy

一年を通して、日本各地のどこかでラーメンフェスが開かれている。

今日、9月27日の日曜日だけを見ても、全国の空の下に仮設の厨房が立ち上がっている。

東京・中野。中野四季の森公園では、熱狂中野ラーメン祭2026が最終日を迎える。9月19日から27日までの会期を三つのクール、計7日間に分けて開いてきた祭りだ。

北海道・札幌。大通公園西5丁目のさっぽろオータムフェスト会場には、「HOKKAIDOラーメン祭り」が立ち上がっている。

千葉・八街。けやきの森公園で開かれている「餃子からあげ祭」は、第2陣の最終日だ。

新横浜ラーメン博物館では、「ラーメン登龍門2027」会員審査出店の第3弾が今日から二日間の日程で幕を開ける。ラー博倶楽部会員が参加する審査の舞台だ。

さらに、カレンダーの頁をほんの少し前後にめくるだけで、視界の景色は一変する。

木曜、9月24日までは、名古屋・久屋大通公園のエディオン久屋広場で、「メ~テレラ~メンフェス with SUSURU TV.」が熱狂を巻き起こしていた。水曜の23日には、茨城・日立のヤマダデンキ テックランドNew日立店で開かれた「全国ラーメンフェスタ秋の陣2026 in 日立」が、長野の「信州ラーメン博2026」とともに幕を下ろしたばかりだ。

来月になれば、高崎駅直結のLABIガーデンで「全国ラーメンフェスタ 秋の陣」の巡業が再開する。10月9日から12日までの開催だ。新宿・大久保公園では、優勝賞金500万円の「ラー1グランプリ2026」が10月10日に開幕する。そして月末には、駒沢オリンピック公園で「東京ラーメンフェスタ2026ファイナル」が控える。2009年に始まったこの祭典は、駒沢での開催としては今年が正真正銘のラストダンスになる。

シルバーウィークの連休中、天候がフェスを止めた日もあった。日立では9月21日、強風のため一日まるごと営業を休止。八街では、台風接近のおそれから9月20日(日)と21日(月・祝)の二日間が中止になった。19日(土)は開催し、その翌日と祝日に休止を余儀なくされた。

この国では一年を通じて、どこかの公園の空の下に、昨日まで影も形もなかったラーメンが忽然と姿を現す。そして数日後には、何事もなかったかのように去っていく。ひとたび容赦のない嵐が吹き荒れれば、たった一日でその場の営業が止まってしまう。

ラーメンは、働きまくっている。

では一体、その働きは何を生み落としているのか。

ゴチャゴチャ言わず、一言。

「出会い」である。

つまり、新たなストーリーを生み落としているのだ。

熱狂中野ラーメン祭2026の第2クール終了報告に、主催者はこう記していた。客と店だけでなく、ラーメン屋同士が出会い、話し、互いをリスペクトし合う光景が、会場のあちこちに生まれたことが何より嬉しかった、と。ある店主は「いちラーメン屋として、とても大きな財産です」と話したという。

この祭りの実行委員長を務めるのは、「ラーメン箕輪家」の店主だ。ラーメン屋が、仲間のラーメン屋のために巨大なスタジアムを築いたのだ。熱狂を受け止める確かな舞台さえ立ち上がれば、あとは表現者たちが“いつも通り”奇跡を起こしていく。

中野の会場では今日も、子どもたちのためだけに用意された特別なラーメンが、各日100食限定で無料提供される。「むかん」「ほたて日和」「えーちゃん食堂」「だしと麺遊泳」。現在の東京を牽引する気鋭の4店舗が、手を取り合って創り上げた一杯だ。

青空の下(ラーメンのもとでは、雷雨だって青空だ)で、子どもたちが夢中で麺を啜る。今日の会場には、子どもたちがラーメンと出会うための一杯が100食分用意されている。100人の子どもは大人になる過程で、今日の一杯を作った職人の名前や屋号を覚えていないかもしれない。だが、空の色や、大人たちの真剣な立ち振る舞い、スープの湯気の向こうで隣にいた誰かの笑顔や掛け声は、名前より長く身体のどこかに残るかもしれない。

我々は常々、ラーメンという食において最も決定的な要素は、味覚の構造そのもの以上に「それを食べる気分」であると考えてきた。この気分こそがラーメンがラーメンたる所以だ。同一のレシピ、同一の食材で仕立てた一杯であっても、誰と、どこで、どんな気持ちで喉を通すかによって、まったく別の体験になる。

フェスという祝祭は、その「気分」の文脈を根底から作り替えてしまう巨大な装置なのだ。静謐なカウンターの緊張感から解き放たれ、どこまでも続く行列と足元の芝生、頬を撫でる風の中へ、一杯の宇宙を丸ごと引っ越しさせる。

来月には、新宿・大久保公園で優勝賞金500万円を掲げた熾烈な賞レースも幕を開ける。ひとつだけ断言できることがある。人が味わう「気分」に序列をつけることなど、誰にもできはしない。

そして――フェスがもたらす最大の産物は、終幕のあとにこそ訪れる。

祭りが終われば、中野四季の森公園のテントも片づけられていく。目の前には、踏みならされた芝生が残る。

明日、同じ場所を訪れても、今日と同じテントも、列も、空気もない。店主たちはそれぞれの店へ戻っていく。店は残る。けれど、この日のために用意された一杯や、この場所で食べたときの気分まで、同じ形で戻ってくるとは限らない。

だからこそ、今日フェスで出会った一杯の記憶は、それを味わった人の中に持ち帰られる。

丼は空になり、スープも麺も身体の中で消化されていく。物理的な一杯は、食べ終われば目の前からなくなる。しかし、あの場所で交わされた体験は、言葉になり、誰かに語られるたび、次のストーリーを生み出していく。今日の出会いと記憶も、誰かの言葉に運ばれていく。畳む力を利用して、ラーメンはまた羽を広げ、大きく羽ばたいていくのである。