ラーメンはビジネスである。
この時代にラーメンで開業する。
つまり「新店」という存在は、狂おしいほどにCrazyだ。
最も我々が行く必要のあるラーメンだろう。
原材料の高騰、人手不足、激変する消費マインド、そしてテクノロジーの進化――あらゆる逆風が吹き荒れる現代において、なお暖簾を掲げようとするその場所には、あらゆる角度から検証された「最先端のラーメンの解」が凝縮されているからだ。そして、それがないならなおさら面白い。
昨日丸一日、「なぜ今までこの決定的な事実に気づかなかったのか」と己の鈍さを激しく嘆いていた。ゼロから立ち上がる現場の、開業情報とそこに込められた設計思想を、我々は今こそ徹底的に集めていかねばならない。
なぜなら、大前提としてラーメンはビジネスだからだ。
ラーメンは税金で作られていないため、立派な事業であり、災害時の炊き出しボランティアではない。ナイキやアディダス、プーマやグッチ、フェラーリ、そしてユニクロとまったく同じ土俵に立ち、資本と知恵を回して生き残りを賭ける過酷な「産業」である。
しかし、この世界がひどく厄介なのは、ビジネスとは到底呼べない営み、商売として成立させる気があるのか疑わしいラーメンが、平然と同じ顔をして混ざり合っている点だ。原価計算を放棄し、己の寿命を削るような無償の自己犠牲を美徳とし、価格転嫁から逃げ続ける。そうした曖昧な情念とプロのビジネスが「同じラーメン」という看板の下で同居しているせいで、こちらの脳みそまで腐りそうになる瞬間が幾度もある。
だからこそ、我々はラーメンを明確に「二つ」に切り分けることにした。
「ボランティア・ラーメン」と、「スケール・ラーメン」だ。
自分の生活が成り立とうが破綻しようがお構いなしに、ただ一杯の自己満足を配るだけの行為。そしてそれに等しいM&Aラーメンビジネス。それは尊い職人魂などではなく、再投資も次世代の育成も放棄した、単なる思考停止のボランティアである。
だが、もし我々がラーメンという文化に「無限の可能性」を見出しているのだとしたら。世界を塗り替える「潜在能力」や、まだ見ぬ「伸びしろ」といった言葉を本気で信じるのだとしたら――選ぶべき道は、ただ一つしかない。ユニクロと同じように、徹底してスケールさせることだ。
スケールとは、単に店舗数を無節操に増やすことではない。己の美学とクオリティを損なうことなく、強固なサプライチェーンを築き、適正な利益を生み出し、関わる人間全員に正当な対価を行き渡らせる「再現性のある構造」を作り上げることだ。カルチャーを次の時代へ残すのは、美しい情緒ではない。ボトルネックを強烈に鍛え続ける強靭な経済合理性なのだ。
ビジネスとしてスケールさせる覚悟がないというのなら、市場に出てくるな。自分の家で、趣味として細々とやっていればいい。誰に言われなくてもそうする。
そして、その「スケールさせるための論理」が最も剥き出しで試される最前線こそが、まさにいま産声を上げようとしている「新店」の現場なのだ。
物件の家賃比率をどう弾き出したのか。原価率と人件費のバランスをどう組んだのか。8席の極小空間から、いかにして世界へ届くビジュアルとブランドを設計しているのか。
新店に密着するとは、ただの開店祝いを撮ることではない。この荒野で、ラーメンをカルチャーから強固な産業へと押し上げようとする、若き表現者たちの「ビジネスの宣戦布告」を記録することだ。
そこには、我々が目撃すべきラーメンの未来が、すべて詰まっているはずだ。
