RAMEN DIARY

ラーメン屋の「屋号」

Ramen Crazy

海の向こう、フランスの心配などしている場合ではない。

人間というのは本来、「ああいうこと」をしでかすゴミのような要素を内包している生き物だ。タガが外れれば、平気で他人のものを盗み、街を燃やし、暴動を起こす。

そういう野生のゴミに堕ちないために、人間は必死に「教養」というものを育むのである。

そして、その教養の塊がどこにあるかといえば、

そう、ラーメン屋の「屋号」だ。

とてつもない教養。本当にすごい。

我々の知的好奇心を満たしてくれる。それもちょっとじゃない、極限まで、完璧に満たしてくれる。これはもう「知の結晶」であり、最高峰の「文化遺産」だと言ってもいい。間違いない。断言しよう。

だが、普段の我々はどうか。腹が減りすぎている。猛烈に腹が減っている。だからラーメン屋の屋号を見ても、「ああ、ここでラーメンが食えるぞ」という目印としてしか見ない。素通りだ。悲しいことに、教養がないとこうなる。

パブロフの犬。ベルが鳴ったらヨダレが出る、あれだ。

看板を見た瞬間に思考がストップして、「スープ! 麺! 白めし!」と身体が勝手に反応してしまう。まあ、気持ちはわかる。ラーメンは最高だからな。だが、本能だけで飛びつくのは、フランスで店のガラスを割って騒いでいる連中と同じレベルだ。

一度立ち止まって、入り口の「屋号」を見てみろと言いたい。

そこには、創業者が人生を賭けた想い、哲学……それだけじゃないものがある。その土地の文化、風習、歴史、そして文字のデザイン。すべてだ。あらゆるものが、あの小さなスペースに極限までギュッと圧縮されている。

単なる店の名前?

いや、「総合芸術」だ。

本当に優れた屋号というのは、一本の壮大な映画と同じだ。その一文字の裏にどんな歴史があるのか。それを一つずつ解き明かしていくと――信じられないことに――劇場の暗闇で120分の超大作フィルムを観たときと同じくらいの知恵と教養が手に入る。

ラーメンを食いに行っただけなのに、歴史や民俗学、デザインの最高のレクチャーを受けることができるのだ。これほど贅沢で、これほど賢い体験が他にあるか? 千円そこそこでそれは絶対にないだろう。

なぜ今日、我々がこんな話をしているのか。正直に言おう。

今、我々が作っているRAMEN MOVIEの最新作、『らぁめん かじの葉』。この編集作業のなかで、我々自身がその事実にガツンと頭を殴られたからだ。本当に衝撃的だった。

「らぁめん かじの葉」。

千葉県松戸市にあるラーメン屋だ。

白状するが、最初は我々も「かじの葉? いきがりやがって。なんだか風流で、耳当たりのいい、きれいな名前だな」くらいにしか思っていなかった。多くの人たちと同じだ。自分の無知が本当に恥ずかしい。

だが、カメラを回し、店主の話を聞き、その屋号の奥にある意味を掘って、掘って、掘り下げていった瞬間……すべてが変わった。視界が完全に開けたのだ。

かじの葉は、ただの葉っぱじゃなかった。

日本人が昔から大切にしてきた和歌、七夕の風習、神聖な祈りの歴史であり、店主の家の「家紋」でもあった。

そして、やっぱり葉っぱだった。

だから店主は、自分の城にその名前をつけたのだ。

詳しくは、RAMEN MOVIEの本編で目撃していただきたい。

(現在はメンバーシップ限定での公開だが、近日、世界へ向けて一般配信される)

これだから、ラーメンの現場を掘り下げる仕事はやめられない。

ラーメンを食う前に、まずは屋号を味わう。たったそれだけで、我々の目の前の一杯は三倍……いや、十倍は深く、尊いものになる。

試さない手はない。約束する、絶対に最高だから。