ラーメン・ショートショート
人を殺せる一杯

旨さを競うラーメン大会が行われた。
全国から選ばれた12軒が、審査員3人の前で1杯ずつ出す。それだけの大会だ。テレビ中継はない。会場は福岡の市民体育館で、午後3時開始。客は3000人。ラーメン好きだけが集まる、地味で真剣な大会だった。
そこで、とんでもないことが起こった。
審査員長が死んだ。
3杯目を飲んでいる途中だった。レンゲを口に入れたまま、椅子ごと後ろに倒れた。3000人が見ていた。誰も動かなかった。あまりに静かに倒れたので、全員が「これも審査の一部か」と思ったのだ。
司法解剖の結果は、翌日の夕方に出た。
死因、旨さ。
法医学者は記者会見で「他に書きようがなかった」と言った。旨さは胃から入り、およそ16時間かけて脳に届く、というのが彼の説明だった。誰も理解できなかったが、誰も反論できなかった。
3杯目を出したのは、博多の「白岩」という店だった。店主の白岩は逮捕され、4日後に無罪で出てきた。旨いことは罪ではない、と裁判官が言い、その裁判官はその夜、白岩の店に並んだ。
白岩は英雄になった。
「人を殺せる1杯」
週刊誌がそう書いた。行列は県境を越えた。
俺は、その大会で2位だった。
審査員長が死ぬ直前、2杯目を出した男だ。大分で店をやっている。名前は出さない。出しても誰も知らない。
週刊誌は俺のことも書いた。
「2位の店主、殺すほどではなかった」
殺す気はなかった。だがそう書かれると、少し悔しかった。
問題は、そこからだった。
大会から2週間後、政府が動いた。
「旨さ上限規制法」
審査員長が死んだときの旨さを100として、市販のラーメンは70までに抑えろ、という法律だった。単位は審査員長の名前を取って「ワタナベ」になった。70ワタナベ。国会でこの単位を初めて読み上げた大臣は、途中で笑って議事が止まった。
旨さ検査官という職業ができた。
灰色の制服を着て、抜き打ちで店に来て、1口飲んで、数字を言う。
「82」
「下げろ」
それだけで店は3日間の営業停止になった。
全国の店主は困った。
旨くしすぎない、というのは、旨くするより難しい。
俺の店では、鶏の首ガラを1本ずつ、内側の血管を歯ブラシで落としている。毎朝300本。これをやると濁らない。やらないと濁る。濁ると旨くない。だが濁らないと、80を超える。
だから俺は、300本のうち、100本だけ歯ブラシを使わないことにした。
どの100本にするかを決めるのに、3日かかった。
職人たちは、みんな似たようなことをしていた。
煮干しを2時間早く引き上げる。背脂を半分捨てる。醤油を1日分、寝かせない。
規制後のラーメンは、ゴムを2枚重ねてするセックスみたいだった。全員が「これはこれで」と言い、誰も2回目を頼まなかった。
やがて、検査官が帰ったあとにだけ本当の濃さで出す店が現れた。
「裏濃度」と呼ばれた。
摘発された店主は、取り調べで泣いた。
「検査官が帰ると、寸胴が『まだいける』って言うんです」
刑事は調書に「寸胴が発言」と書き、上司に破られた。
白岩だけは、規制の対象外だった。
死人を出した店は、二度と出せないだろう、という理屈だった。理屈になっていなかったが、法律にはなった。
白岩の行列は伸び続けた。
俺の行列は、消えた。
3か月が過ぎた。
夜、店を閉めてから、俺は1人で寸胴の前に立つ。
裏濃度の日だった。
歯ブラシを300本分、使う夜だ。
換気扇の外に、2月の月が出ていた。湯気が換気扇から出て、月の光の中で1回だけ白く膨らんで、消えた。膨らんだ形が、丼だった。
俺は1口飲んだ。
90はあった。
16時間待った。
死ななかった。
そこで、忘れていたことを思い出した。
大会の前日、審査員長が、俺の店に来ていたのだ。
1人で。閉店5分前の、午後11時55分に。その夜の寸胴は、大会用に炊いた、生涯でいちばん濃いスープだった。何も言わず、1杯食べて、何も言わず、出ていった。顔色が悪かった。金を払わなかった。俺は「明日があるから、緊張してるんだろう」と思った。
翌週、司法解剖の続報が出た。
死因となった旨さを摂取した時刻は、大会の前日、午後11時55分だった。
