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ラーメン・ショートショート

てりやき背脂醤油ラーメン(大)

Ramen Crazy

てりやき背脂醤油ラーメン(大)

このラーメンにはニンニクを入れた方が良い。
私は店主として口酸っぱくそれを言い続けている。

うちは十条銀座商店街の背脂ラーメン専門店「大怪獣」。今月の限定が、てりやき背脂醤油ラーメン(大)だ。醤油とザラメを焦がした甘いタレを背脂にからめ、スープに沈める。甘辛い匂いが商店街の端まで流れるらしく、発売初日から行列が折り返した。

ところが常連の田代が、注文のたびに首を振る。

「明日、朝イチで商談なんすよ。ニンニクは匂いが残るでしょ」

「入れなさい。大盛りなら特にだ」

「大将、別れ際のしつこい女みたいっすね」

田代は笑って、ニンニク抜きの(大)をたいらげた。丼に顔を突っ込み、童貞が初めて谷間に挟まれたときのような声を漏らし、スープの最後の1滴まで飲み干して帰った。

その夜、商店街の犬という犬が一斉に吠えた。翌朝、田代の会社から店に電話が来た。彼が出勤していないという。表に出ると、アーケードの屋根が1枚、飴細工みたいに内側へ湾曲していた。剥がれたのでも、めくれたのでもない。誰がどう見ても、舐められた形だった。

3日後、田代はパチンコ屋の屋上で見つかった。命に別状はない。ただし全身がツルツルだった。眉毛もスネ毛も、着ていたダウンジャケットの羽毛まで、1本残らず消えていた。本人の証言は「空から降りてきた生ぬるいモップに、飴玉みたいに転がされてた」。警察は集団幻覚として処理し、商店街は彼を「ツルツル田代」と名づけ、福の神あつかいで写真を撮った。

私は何も語らず、仕込みを続けた。背脂は炊く前がすべてだ。血の筋と汚れを指の腹で1本ずつ外し、6時間炊いて、木べらで押せば崩れる寸前を見極める。ここで手を抜いた脂は、どんなタレを着せても嘘の味になる。

てりやきダレは継ぎ足しで、毎晩、鍋の縁にできる焦げの輪を削って香りだけを鍋へ戻す。この甘い焦げが問題だった。背脂の匂いを10倍に増幅するのだ。しかも脂の量が多い丼ほど、匂いは遠くまで届く。だから売れる。だから、危ない。

そしてニンニクは、その匂いを上から塗り潰して消す。

翌週から、私は(大)を頼む客全員に、問答無用でニンニクを落とした。文句を言う客が2人いたが、「サービスだ」で押し切った。以後、屋根は舐められていない。ツルツルになった者も出ていない。田代だけが「あれ以来なぜかモテる」と言って、また(大)を頼みに来る。今度は自分からニンニク2倍で。

月末の深夜、私は店を閉め、空の寸胴と研ぎたての包丁を荷台に積んで、荒川の河川敷へ下りた。月が川面に1本の銀の道を敷き、対岸の鉄橋を貨物列車が音もなく渡っていく。夜露の草を踏み分けて、私は口笛を短く吹いた。

対岸の闇が、山の大きさで、ゆっくり起き上がった。

私はその濡れた背中に梯子をかけ、月明かりの下、いつものように包丁で背脂を削いで寸胴へ落としはじめた。