自分のバッターボックスで
『らぁめん かじの葉』の店主は、高校時代、雨が降ったら学校を休んだ。
理由は至ってシンプルだ。雨の中、自転車をこいで通うのが面倒くさいからである。
当時の彼の高校には、「授業の3分の1を休むと留年」という決まりがあった。
普通の生徒なら、その規則を前にして「留年しないように、なるべく休まず行こう」と縮こまるところだろう。だが、彼は違った。
そのルールを聞いて、「なるほど、3分の1までは堂々と休んでいいんだな」と、実に鮮やかに解釈してのけたのである。
村上龍がエッセイの中で好んで語る、「パン食い競争で、あらかじめポケットにバターを忍ばせているヤツ」のエピソードみたいで痛快だ。取材中、彼の口からこの話が飛び出したとき、我々は思わず声を上げて笑いながらカメラを回した。既存のルールをただ盲目的に守るのではなく、その枠組みをハックして自分の快適さや合理性を貫く。そういう人間の話というのは、いつだって最高に面白い。
学校に「行く」か「行かない」か。
その判断自体の道徳的な良し悪しなど、どうでもいい。
ただ、ひとつだけ確実に言えることがある。世間でよく言われる「とりあえず毎日真面目に行けばいい」「みんなと同じように席に着いていれば安心だ」などという教えは、真っ赤な嘘だということだ。
自分の頭を使い、「行くか、行かないか」の判断を下すこと。
雨の日は潔く休んで力を温存し、本当に晴れた日、自分が勝負すべき瞬間にすべての熱量を注ぎ込むこと。その「判断」ひとつで、人生が辿り着く結果はまるで違うものになる。
そして、その冷徹で主体的な判断の積み重ねこそが、世の中で「運」と呼ばれているものの正体なのだ。
昨日、横浜スタジアムで山川穂高がホームランを打った。
9回1死、1点を追う絶体絶命の場面。そこで送り出された「代打」だった。
与えられたのは、たった一度の打席。彼はそこで迷いなくバットを振り抜き、白球を横浜スタジアムの場外まで吹き飛ばしてみせた。
自分が立つべき「ここぞ」というバッターボックスを見極め、そこに立った瞬間、場外までボールを吹き飛ばし人々を興奮させた。
雨の日に自転車をこぐのをやめて学校を休んでいた少年はいま、千葉県松戸市で、自分の城の厨房というバッターボックスに立っている。
そして毎日、計算や常識を少しずつ越える、とてつもなく自立したラーメンを打ち続けているのだ。
RAMEN MOVIE最新作『木漏れ日のらぁめん』、現在制作中。
彼がどんなスイングでその一杯を生み出しているのか、完成を楽しみにしていてほしい。
