トム・クルーズの笑顔
トム・クルーズが、映画のプロモーションのために来日していた。
彼が今回、満面のハリウッド・スマイルとともに引っ提げてきたのは『DIGGER/ディガー』という映画だ。で、この映画の評判がどうなのかというと――はっきり言って、すこぶる悪い。
普通の人間なら、自分が主演しプロデュースまでした渾身の一作が世界中から微妙な顔をされたら、ちょっとくらい元気がなくなるものだ。「今回は時差ボケがひどくて……」とかなんとか言い訳をして、ホテルのスイートルームでふて寝していても誰も文句は言わない。
しかし、トム・クルーズである。上空の飛行機にしがみつき、断崖絶壁からバイクで飛び降りてきた男だ。映画の評判が多少悪いくらいで、彼の笑顔が1ミリたりとも曇るわけがない。
むしろ、その「逆風」とも言える状況が、我々にトム・クルーズという男の恐るべき本質を改めて見せつけてくれたのだ。
みんなが諸手を挙げて絶賛している大ヒット作なら、スターはただ手を振って「サンキュー、トーキョー!」と叫んでいればいい。放っておいても客は劇場へなだれ込む。だが、評判が芳しくないクセのある映画を届けるとなれば、話は別だ。真正面から「この映画、最高だから観てくれ!」とだけ叫んでも、世間は「いや、なんか微妙って聞いたぞ」とスマホの画面をスクロールして終わりである。
じゃあ、トムはどうしたか。
彼は今回、日本の観客がこの映画を「なんだか自分に関係のある作品だぞ」と錯覚……いや、受け取れる状況を力技で作るためにやって来ていたのだ。
監督のイニャリトゥを引き連れて日本のアニメ制作スタジオの展示「MAPPA EXPO」へ乗り込み、原画を前にして構図やアングルについてガチな質問を飛ばす。アニメーターとカメラワークや音響について熱く語り合う。するとどうなるか。「えっ、あのトム・クルーズが日本のアニメの技術をそんなにリスペクトしてるの?」「じゃあ今回の映画、そういう視点で観たら面白いんじゃないか?」という新しい回路が、日本のファンの脳内に突如として開通するのである。
映画そのものの評判がどうであれ、相手が興味を持っている領域に自分からズカズカと踏み込み、強引に握手をして、「ほら、君たちの好きなものと俺の映画、ここで繋がってるだろ?」と微笑みかける。
これぞまさに、プロモーションの極致だ。作品を作って終わりではない。「どうすればこの作品を、目の前の連中の『自分ごと』に引きずり込めるか」という、泥臭くも華麗な営業活動である。
営業活動?
いや、生活だった。
歯を磨いたり、髭を剃ったりするようなレベルでそれをやっていた。
評判が悪かろうがなんだろうが、自分の作品を観客の喉元まで届けるためなら、全力で走り回り、誰とでも語り合い、最後にはすべてをあの白い歯の笑顔でねじ伏せる。
トム・クルーズのあの異常なまでのサービス精神は、余裕から生まれているのではない。「絶対に客を劇場へ引っ張り込む」という、映画職人としての普通のことをやっていたのだ。
いまのところ、
『DIGGER/ディガー』を観る予定はない。
