RAMEN DIARY

眠りの中の自分に、バトンを渡す

Ramen Crazy

何も考えられない状態になって、一日を終える。

頭の中のメモリを最後の一滴まで使い果たし、もう一文字も、一秒のカットもひねり出せないところまで自分を追い込む。そこまできたら、あとは潔くスイッチを切る。泥のように眠り、すべてを「睡眠状態の自分」に任せるのだ。

単なる疲労困憊ではない。これも間違いなく、仕事を進めるための高度な「技術」のうちだ。

世の中には、起きている自分が意識的にやるべきことと、そうでないことが確実にある。昼間の自分がやるべきなのは、現場を歩き、人と向き合い、圧倒的な情報と熱量を脳内に放り込んで、徹底的に考え抜くことだ。だが、そのバラバラの記憶や言葉を熟成させ、思いもよらない回路で結びつける作業は、起きている自分にはできない。それは、暗闇の中で眠っている「もうひとりの自分」の領分なのである。

どこまでを自分の意思でコントロールし、どこからを無意識の自分に手渡すか。そういう境界線の引き方は、ものづくりにおいて決定的に重要だと思っているが、学校でも会社でも、そんな技術を誰かに教えてもらった記憶はない。

……いや、待てよ。教わってないだと?
そんなことはないだろう。

思い返してみれば、我々が日々カメラを向けているラーメン屋の店主たちは、みんな当たり前にそれをやっているではないか。

彼らが厨房でできるのは、最高の食材を揃え、火加減を見極め、寸胴の前で全力を尽くすことまでだ。しかし、最後にタレと脂とスープが馴染み、角が取れて深い旨みへと変わるあの領域だけは、人間の手ではどうにもならない。「時間」と「寝かせること」に任せるしかないのだ。

誰かに言葉で教わったわけじゃない。だが、現場で本気の仕事をする人間たちの背中を通して、我々はとっくにその「手放す技術」を見せつけられていたのかもしれない。

今日も、起きている自分がやるべきことはすべてやった。あとは目を閉じて、眠りの中の自分にバトンを渡すだけだ。

明日の朝、どんなスープが仕上がっているか。楽しみにして、寝ることにしよう。