まだしばらくは「凄すぎる‼️」でいく
ラーメンレビューは、どのように書けばいいのだろうか。
我々はこれまで「旨すぎる‼️」とか「凄すぎる‼️」と書くことがラーメンの魅力を最もよく伝える方法だと思ってきた。実際、感情を前面に押し出した「凄すぎる‼️」は、今でもすごく気に入っている。
それでも、一度それを横に置いてみたくなった。
新しい文脈を開発してみたくなったのだ。
それは、職人たちが狙っている味。それについての興味が湧きまくってきたことによる(これまでは興味がほとんどなかった)。
ラーメン職人たちは、レフトスタンドに突き刺さる一発なのか、ライトスタンド上のセコムの看板まで飛ばす特大弾なのか、力で押し切る直球なのか、それとも、インハイに投げ込む変化球なのか、プロ野球選手それぞれの狙いが違うように、我々のラーメンヒーローたちもそれぞれ味の狙いを持っている。もちろん盗塁だって狙っている。
豚骨や鶏ガラ。動物の骨を一欠片も使わない「完全植物性(アニマルオフ)」。干し椎茸などの乾燥キノコ、ドライトマト、焦がし野菜、発酵アミノ酸。我々の「RAMEN MOVIE」の映像には、職人たちの旨みを絞り出す戦場が記録されている。「それら」が確実に映っている。よく見ると、その職人がどのような味を狙っているのかを、我々は想像できるようになった。正確には、イメージできるようになった(ほんのわずかだが)。
ラーメンには、求められる役割がある。スタジアムで我々を釘付けにするチアリーダーも同じだし、我々も役割を求められている。
その役割を果たせなければ、ラーメンは選ばれなくなる。牛丼や麻辣湯に変更されることもある。みんな一緒だ。
では、その役割とやらは一体どこからやって来るのか?
その役割を決めているのは、他でもない「客の生活の文脈」だ。
腹が減った昼めし夕めし、業務的なランチ・ディナー、デブ活、仕事のプレッシャー、圧倒的な孤独、平凡な日常への憎悪、消化試合のように並んだ来月のスケジュール。とにかく「いいね!」が欲しい。客は色んな文脈を抱えたまま、ラーメンの前に座っている。その文脈と、そのラーメンが向き合うのだ。
客がその瞬間に求めていた「役割」と「ラーメン」が噛み合ったとき、あの「旨すぎる‼️」という脳のショートが起きる。
職人は、どんな「味」を想定していたのか。もしくは「味」なんてみていないのか。なにをしてんのか。そこには圧倒的な現実しかない。
ラーメンにまつわる「需要と供給」は、最高のエンターテイメントを作り出す。朝からかなり興奮してしまったが、まだしばらくは「凄すぎる‼️」でいくと思う。ただし、我々が切り拓くべき、新しいレビューを模索しながら。
